ESSAY

2018-07-10

自慢話。

今日の話は自慢です。前地元に帰ったときに、幼なじみとご飯に行きました。彼女の「世話をした」つもりはちっともないですが、どういうわけか相手のほうはぼくに「世話になった」とずいぶん思ってくれているようで、ぼくが昔からずっと不安定な仕事をしているのもあって、もしいつかぼくが落ちぶれて、食べられないような状態に陥ったら、私が食べさせてあげるくらいの覚悟はあるから、と言ってくれました。

そうならないようにぼくもがんばりはしますし、期待もアテにもしていませんが、とてもとてもうれしかったです。そう言ってくれる人が、いるような生きかたをこれまでにできていたのなら、それは後悔が一つ減る思いです。

これまでたくさんの人に不義理なことをしてきたし、恩を仇で返すようなことも、唾をかけられるようなことも、正直あったと思います。それでもごく親しい人がそうやって、最後の最後のときには手を差し出すよと言ってくれるのは、なんともうれしいことでした。

いい生き方ってのはなんだ。という問に対してぼくは、ある人からの受け売りではありますが、「運命に従うこと」と答えます。でもそこにもう一つ、いつか(いつでも)落ちぶれたときに、食わしてくれる人がいる生きかた、というのも付け足そうかと思います。

それこそね、じぶんが落ちぶれたとき、周りの人が「恩返しのチャンスだ!」くらいに受け取ってくれて、ここぞとばかりに再起を図れるまで世話をしてくれるような人生。そういう生きかた。できればいいなと思います。そのために大事なことというのは、きっと特別なことではなくて、常日頃の姿勢ではないかしらんと。

ぼくはそんな高尚なものでは決してないのですけれど、まあ、じぶんのしたいことをして、相手がよろこんでくれたんだったら、良かったなあと思います。ありがたい仲間と人生で。

イデトモタカ