ESSAY

2010-06-27

エゴの拡大鏡。

今日は「お金」について語ります。何気ない瞬間に、ふと思い出したことなのですが、的を射ていて、ちょっとこわいなぁと思ったことです。

だれだったか忘れちゃいましたけど、お金は「エゴの拡大鏡」だとおっしゃってました。それも、持てば持つほど、どんどん大きく映しだす、触媒のようなものなのだと。

ぼくらのふだんの生活のなかで、お金が足りないから実現していないことって、きっとたくさんあるのです。同時に、お金がないゆえに、抑えこんでいる「本来の考え」みたいなものも、やっぱりうんとあるわけです。

じっさい、ほとんどの人が、「お金が充分にない」という抑止力のために、いろんな思いや考えや行動が発露していないわけなのです。だから、おなじような収入の人は、おなじように見えちゃったりするわけでして。

でも、当たり前の話、みんなそれぞれ一人ずつ、ぜんぜん違う人間で、程遠い「エゴ」を持っています。「お金が充分にない」からわからないだけで。

それが、「お金を充分に持つ」と、それまで抑止されていた本来的な考えや行動が、実現されていくわけですから、もう違う人間のようにみえても、それは仕方のないことなのです。

ここが、こわいなぁ、と思ってしまうところです。じぶんにしても、他人にしても。「お金を持って、あの人は変わった」という話、テレビなんかではよく見聞きすることですが、でも、その人は元々そういう人だったんですよね。環境依存型遺伝子、みたいなものかもしれません。

で、です。で、じぶんは本当はどんな人間なのかなって、思うわけです。いまはわりと温厚で、適度に社交的で、贅沢も好きですが、質素も好きで、仲間とお酒飲むのが最近は楽しくて。

でも、いまの収入から考えて、ぼくの内在的な「エゴ」は、まだ半分以上は発露していない可能性もあるわけで。

お金という名の「拡大鏡」は、いったいなにを大きく映し出すかなと、自制心を持って、興味深く観察していきたいなぁと思います。

まぁ、このままのぼくでいたいよね。

イデトモタカ