ESSAY

2010-07-21

飛んでいかない風船。

昔、ある女の子が「私は、飛んでいかない風船なんだって思われたくないの」……といっていたことを、今朝、なぜか思い出しました。

「手をはなしたら飛んでいく」風船ではなく、「手をはなしても飛んでいかない」風船。

「いまは、しっかりと、ぎゅっと、にぎっているから「わからない」のだけれど、もし、これは「手をはなしても飛んでいかない」風船だ。そう思ったら、わかったら、あなた、安心するでしょう?」

と彼女はいいました。

「だから、私は、手をはなしても大丈夫なんだ、飛んでいかないんだ、なんて、そんなふうに思われたくないの。いつまでも「安心」してほしくないの」だと。

風船は、手をはなしたら飛んでいくから、そして、もう二度とじぶんのもとへは戻ってこないから、「たのしい」のだし、「緊張感」がもてます。まったくおなじ風船だったとしても、片方は、飛んでいかないとじぶんが知っていたら、なぜか、そちらは、ないがしろにされるかもしれません。

相手がだれにせよ、「手をはなしても飛んでいかない」風船だなんて、思っちゃいけないな、と、あらためて感じました。あたりまえのように、もう何年も、じぶんの周りをふわふわと浮いている風船も、「手をはなしたら飛んでいく」風船なんだと思ったら、やっぱり、接し方が変わります。「たのしい」だの「緊張感」が再燃します。

ぼくは、どうだろう?

もし、手をはなされたら、飛んでいくかもしれないし、やっぱり飛んでいかないかもしれません。

あなたも、そうでしょう?

イデトモタカ