ESSAY

2010-11-03

きらきらあつめ。

最近のぼくはちょっと、夜眠るのがへたになってます。明日のぼくを信用していないのか、今日のぼくに後悔があるのか。それはつまり「空回り」だという状態だとしても、やはり眠るには惜しい今日だと、ついつい思ってしまうのです。おそらく、「ほしいもの」があるんでしょうねぇ。

24時間分のなにかが入る容れものを、毎日神様からもらって、そこにそれぞれ、じぶんの好きなものを一生懸命つめこんでいく。容れものの大きさはみんな一緒、つまり無限大。どんなきらきらしたものを、じぶんらしいすてきなものを、あつめてつめ込んでいけるかなぁ。そういう遊びを、させてもらってるみたいです。

その容れものに、できるだけたくさん、うんっと、もっと、いろんなものをあつめてつめこむんだ。と、いう気持ちが、強すぎるんでしょうね。でも眠らずに、ずっとと起きていたって、それは明日の分の容れものを、前借りしているだけなんだよねぇ。そのまま眠らないで、できるだけ「つめこむ作業」の時間をいっぱいつくったって、なんだかそれは、せっかくのそれが、楽しくなくなっちゃう気がします。

今日拾いたかったものを、ちゃんと今日のうちに容れものにつめ込むことができたのなら、それはもう「誇らしげ」に眠ることが、また楽しみな明日につながる気がします。毎日すてきなものを、神様からもらった容れものに、楽しみながらあつめていこうと思います。それがなんだか、いい人生のような気がします。

みんなじぶんの「ほしいもの」は、だいたい一日分の容れものよりもうんっとおおきいです。だから、ぜったいに今日明日ではそれは手に入りません。だけど、今日あつめた「それ」のあつまりがいつかあなたの「ほしいもの」になっているか、なっていないか。そのへんを考えながら、この遊びをたのしんでいこうと思います。

イデトモタカ