ESSAY

2010-11-13

みてないとき。

ぼくがみてないとき、街路樹の葉は紅くなり、ともだちの子どもは背が5センチも伸び、月が欠け、潮がひいて、かばんにしまったイヤホンのコードは、ぐちゃぐちゃになる。これらはぜんぶ、ぼくがみてないとき、静かに、確かに、おこっている。

ぼくがみてないとき、彼女はピアノが弾けるようになり、彼はスキーが大好きになり、あの人は資格のために勉強し、あの子とあの子は結婚を誓う。これらはぜんぶ、ぼくがみてないとき、ひっそりと、ゆっくりと、おこっている。

ぼくがみてないとき、あらゆる変化がこの星におきている。この世界をかえるような変化は、ぼくがみてないときの動きなのだと思う。そしてまた、それは、ぼくがみられてないときに、なにをするか、ということなのだと思う。

あなたがみてないとき、ぼくはみらいのために本を読み、ぼくはけんこうのために休息し、ぼくはたのしむためにギターを弾き、ぼくはだれかをよろこばすために字を紡ぐ。これらはぜんぶ、あなたがみてないとき、どこかで、まちがいなく、おこっている。

みてないとき、それが人生だと思う。みてないとき、ぼくはなにをしてみんなを驚かそうかなぁ。

イデトモタカ