ESSAY

2010-12-13

あいましょう。

ぼくが別れぎわに、「また会えるといいね」というときは、ほんとうに、また会えるといいなぁと思っています。もう会えない可能性というものを、ぼくは高く見積もっているのかもしれません。けれど、一般には、それは低く見積もられているような気もします。

いつ、だれともう会えなくなるのかは、だれにもわかりません。「いまみたいに」会えなくなるというのも含めて、そういうことはかんたんに(急に)おこります。双方にそんなつもりがなくても、結果としてそうなっていることも稀ではなくて。

小学生のころ、ともだちが転校していったとき、一緒に帰ったり、その途中でコロッケを食べたり、そういう「ふつうのこと」が、もうふつうにはできないようになることが、すごく切なかったのを憶えています。とりわけ人懐っこいぼくには、うんと寂しいことでした。そしてぼくはまた、新しいだれかに会いにいきます。

今年も暮れといわれ出したころから、ぼくのなかで「人に会いに行く」ことが、いままでよりずっと積極的な行為になりました。理由はいろいろあるのだけれど、つまりは「会わないと始まらない」ということが、ようやく実感としてわかりつつあるのだと思います。メールでどれだけ仲良くなっても、手紙を出しても、電話をもらっても、会わないことには局面は変わりません。そういうことを、学んだ一年だった気がします。そして、「また会う」ことの難しさというか、「会えない」ことを考慮する付き合い方も、ほーんの少しだけわかってきたと思います。

まだ今年を見限ったわけじゃぁありませんけども、来年はこれまでのじぶんでは考えられないくらいに、人と会う年にしたいと意気込んでいます。新しい人にも、また会いたいと思った人にもね。当然、これから「会わなくなる」人もわんさか出てくるわけでしょうが、その人も、どんどんぼくじゃないだれかに「会って」ほしいなぁと思います。そうやって、いろんなことを大切に考えながら、たのしくやっていきたいと思っちょります。

イデトモタカ