ESSAY

2011-02-01

とても体感的な話。

一時間の体験的な長さというものは、もちろんどう過しているかで変わります。この「体験的な」というところが、今日の話の核のぶぶんになります。

だれから教わったのか、どこで聞いたのか、ぼくは「体感時間老化説」を信じております。なんだかとても仰々しい名前ですが、かんたんにいえば、人は平等に一年で一年分歳をとるのではなく、じぶんが感じた(体感した)時間のぶんだけ、歳をとるんじゃないか、ということです。

あー、仕事早く終わらないかなぁ。と思っている人が、仮に十分経つのを三十分くらいに長く感じていれば、その人はふつうの人の、(つまり十分を十分と感じている人より)三倍歳をとっています。いっぽうで、あれ、もう一時間たったの? と思っている人が、仮に一時間を二十分くらいに感じていたら、その人は三倍老化が遅れていると考えます。

少し小難しいことをいってますが、ようは大好きなこと、なにかに熱中しいる人は、若く見えるよねぇーということについての、なるほどそれらしい説明じゃないかと思うんです。じぶんが体験・体感した時間が、じぶんが精神的にはもちろん、あるていど肉体的にも、過した時間といえなくもないんじゃないか。

この話にちょっとでも「そうかも!」と思った方、もう、おわかりですよね。ずっと若々しくすてきにみえる最高の秘訣は、大好きなことや熱中できることをして、たのしくも充実したあっという間の日々を、過すことだと思います。歳をとるほど、この差はひろがっていきますからね。人生があっという間だったというのは、大好きなことや熱中できることをしていた人ほど、そうなんだろうなぁと思います。それは少し儚く、そしてとてもすばらしいです。

イデトモタカ