ESSAY

2011-02-10

さなぎのじかん。

蝶は一生にいちどしか、さなぎにはならないけれど、人は一生のうちになんどもなんども、さなぎの期間があるのだと思います。

いままでの方法がつうようしなくなって、うまくいかなくなって、あたまうちになって、そんなときって、実は、また「さなぎ」になってるんじゃないかなぁ。だからうごけなくて窮屈で、だからもがいてももがいても実らなくて。でも、蝶になったとたん、背中のカラをやぶったとたん、ぱっと世界の色がかわって、新しい世界とこんにちはする、そんなすてきな出来事が、人にはなんどもなんども来ると思うんですね。

さなぎの期間はつらいです。窮屈で、動きづらくて、精一杯で、いっぱいいっぱいなのに、みのらなくて。でもね、安心してください。そんなときは、ほんとにつらいだろうけれど、あなたがまた新しい、前よりも、もっときれいな蝶になるための、「さなぎ」になった証拠なんですからね。

予兆としては、これまでの方法では、もうどうにうまくいかなくなった。これまでの価値観では、もうどうにもこれ以上すすめなくなった。つまり、あなたの「これまで」に対して「限界」がおとづれたときが、あなたが「さなぎ」になるときです。新しい世界にこんにちはするためには、新しいあなたじゃなきゃ、だめですからね。その扉は、これまでの方法じゃ、価値観じゃ、開かんのです。

さなぎのみなさん、あなたを縛っているカラが、「これまでのあなた」の蓄積(結晶)です。景気よく、パリっとやぶって飛んできましょう。

イデトモタカ