2019-01-13

友人の境界。

恋愛のいいところは、
ポジティブな異文化交流にあると
個人的には思っております。
好きな人の生活や過去、習慣、
じぶん以外の人間の「ふつう」を
知ることで、じぶんの「ふつう」は
あくまでもじぶんのものであって、
家庭の分だけ、生きかたや生活が
あるのだということがわかります。

他人とのかかわり合いのなかでも
そういった違う「ふつう」は
垣間見えるものですが、
こと恋愛においては受け取り方が
ポジティブであるという部分に
特徴と良さがあります。

家族以外の他人と親しくなるにしても、
果たしてどのくらいの距離感になれば
「異文化交流」としての意味をなすのか、
そういった影響を受けられるのかと
考えてみると、一つの基準として
家にお邪魔をして料理をご馳走になる、
あるいは食事を一緒にして過ごす、
という部分が一つの境界線ではないか、
と思われました。

生きることは動物にとって
「食事をすること」でもあります。
その作法や求めるもの、あり方、
文化などを体験させてもらうなかに
大きな「ふつう」の違いを
感じるきっかけがある気がします。
とはいえ、それほどの仲は
そうそうないのも実際ではあります。

家に遊びに行くというのは
けっこう大きなイベントです。
少なくともぼくにとっては。
それは生活を見せることであり、
生活のなかに入れることであり、
なんというか、裸の一つであります。
でもだからこそ、意味もあるわけで。

人の成長は変わることであり、
変わるための謙虚であったりします。
馬鹿にするのではなく、
素直な気持ちで知らない文化を、
異文化を知っていけたなら、
ぼくらの人生はまだまだ良くなる。
そう感じている今日この頃であります。

イデトモタカ