2019-01-15

明るく完結。

人と会って「つまらなさ」を
感じたとすれば、
それはじぶんが「つまらない」からだとか
相手が「つまらない」からだとか
思わないほうが健康的だ。

前は楽しかったのに、おもしろかったのに
つまらなくなってしまった、
というとき、原因をつい探してしまう。
じぶんのせいではなかろうか。
いや相手は変わってしまったのだろうか。

そうかもしれないし、
そうじゃないのかもしれない。
答えがわからないから、
あまりに原因をつきつめても悲しい。

そうではなくて、誰もせいでもなくて、
ただじぶんと相手の「時間」というものが
もう完結したのだと思ったらいい。
いくとこまでいったのだ。
しぼりきったのだ。

わかってる。
ほんとうはそうじゃない。
終わる関係が真実ではない。
それでも、つまらなさをどちらかの
だれかのせいにするために
原因を探るくらいなら、
真実ではなかったとしても
互いの関係性が「完結」したことを
祝う気もちになれたほうがいい。
ずっと明るい。

暗いのがだめとは思わないし、
ネガティブなことを否定もしない。
でもなんだろう、明るいことも
わるいことではないのだし、
終わりのときくらい、
多少明るさがあってもいいじゃないか。
さよならだけが人生なのだから、
明るく完結してもいいではないか。

イデトモタカ