NOVEL

赤い糸


 私には秘密がある。
 私には「運命の赤い糸」が、実際に見えてしまうのだ。
 はじめて気がついたのは幼稚園児のとき。結婚の挨拶にと、家に従姉と旦那さんが遊びに来た。
 それぞれの小指に、毛糸のような赤い糸が結ばれていて、糸の端と端がふたりつながっているのが見えた。
「ふたりは赤い糸でむすばれてるんだね」
 と私が言うと、
「そうなの。ありがとう」
 と従姉はうれしそうに答え、旦那さんは照れながら私の頭をやさしくなでてくれた。
 糸はみんなにも見えているのだと思った。

 赤い糸は、いつもいつも見えるわけではなかった。なので、自分でもふと存在を忘れてしまうこともあった。私にとっては当たり前のことだったので、見えたとしても「あ、あるなぁ」くらいのものでしかなかった。
 他のみんなにも見えていると信じていたので、深く考えることはなかった。

 中学生になったある日、付き合っていると噂のふたりが、手をつないで帰っているところを友人と目撃した。そのとき、男の子の小指には赤い糸が見えたけれど、女の子には見えなかった。そこで、
「あのふたり、赤い糸で結ばれてないのにね」
 と言うと、一緒にいた友人が、
「なに言ってるの?」
 と私の顔を不思議そうに見た。
「え、だってほら。女の子、赤い糸ついてないよ」
 と言ったら、
「あなた、おもしろいね」
 と、けたけた笑われてしまった。その瞬間に悟ったのだった。私にしか見えていないのだ、と。
 そして「ごめんごめん、冗談冗談」と私もおどけて笑いながら、男の子の小指についた赤い糸の先を目だけで追った。するとなんと、もう一方の端は隣にいる友人の小指につながっていたのだった。驚きながらも、なにも言わず、私たちは交差点で別れて帰った。
 三ヶ月後、私の友人とあの男の子は恋仲になっていた。

 さらに五年が過ぎ、私は大学生になった。
 テニスサークルに入り、はじめての合宿に行った。みんなで部屋に集まって、夜トランプをしているときだった。同じ一年生で、格好良いと女子の間で密かに人気だった彼の小指と、私の小指が赤い糸で結ばれているのが見えてしまった。
 まだ挨拶程度の言葉しか交わしたことはなかったけれど、私は飛び上がりたいほどうれしかった。実は私も気になっていた相手で、合宿を機に親しくなれたらと願っていたのだ。

 赤い糸がくれる自信と安心感も相まって、私たちの距離は徐々に縮まっていった。
 少し真面目過ぎるけれど、裏表のない性格でやさしい彼に、
「こんな素敵な人でよかった」
 と私は何度も神さまに感謝した。
 そろそろ告白されるかな、と思っていたとき、同じサークルに入っていた高校時代からの親友に、相談を持ちかけられた。
 私と赤い糸で結ばれている彼のことが好きだから、うまく仲をとりもってほしいという話だった。私はショックを受けた。

 ずいぶんと悩んだけれど、私は唯一無二の親友に、
「大丈夫、任せておいて」
 と返事をし、三人で会う約束をした。
 後日、私たちはサークル帰りに食事へ行った。

 小さな円卓を囲んで座り、おいしいイタリアンを食べた。
 二人が会話に夢中になっているときに、私はゆっくりと自分の小指に結ばれた赤い糸をはずし、親友の小指にそっと結んだ。
 帰り道、ひとりになったとき、私は電柱の前で座り込み、口を押さえながら咳込むように泣いた。

 数年後、私は大学を卒業し、親友とあのときの彼は無事にゴールインをはたした。
 すばらしい結婚式だった。
 もちろん二人は赤い糸で結ばれていた。
 きっと、幸せな夫婦になるだろう。
 私はずっとひとりのままだった。もう私はこの世界の誰とも赤い糸で結ばれていないのかと考えるたび、胸が苦しくなった。

 式から数週間経ったとき、親友の結婚を同じテーブルで祝った、大学時代の別の友人から食事に誘われた。
 約束の日、指定されたレストランに行くと、友人の隣に見知らぬ男性が座っていた。
「お付き合いしている彼なの、紹介したいと思って」
 友人は言い、男性は微笑みながら礼をした。
 私は立ったまま、音が聞こえなくなるほどの衝撃を受けた。彼氏と紹介された男性は、私の理想像そのものだった。
「はじめまして」
 私は声が震えないように注意しながら言い、二人の前に座った。

 食事が運ばれてきて、大学時代の話をした。けれど私はずっと上の空だった。
 二人の小指と小指には、赤い糸が結ばれていた。

 小一時間ほど経ち、気持ちよく酔いが回ってきた。ふたりも頬を赤らめている。
「次はあなたが幸せになってね」
 と友人が私の手をにぎりながら言った。
「わたし、あなたが幸せになれるように、願っているから」
「ほんとうに?」
「もちろん、ほんとうよ」
「あなたよりも?」
「ええ、わたしよりも」
「うれしい。ありがとう」
 と私は言って、友人の手にもう一方の手をかぶせた。
 そして友人の指に結ばれた赤い糸をそっとほどいた。
 自分を犠牲にしてまで相手の幸せを願う友人が、私にもいてほんとうによかった。


(了)

イデトモタカ