NOVEL

金髪ピアスの亀を助けて


「どうされたんですか?」
 繁華街から数百メートル外れた公園。金髪の青年が平日の昼間からごみ箱をあさったり、ベンチを下からのぞいたり、砂場の砂を蹴ったりしているので、声をかけた。
「え? いや、お兄さん誰──」
 金髪青年は両耳に十数個、眉毛にも二つピアスをしている。歳は同じか、少し下かもしれない。
「僕は……その、困ってそうだな思って」
 金髪青年の視線が僕の顔から足元へと降りていき、また顔に戻ってくる。口が開かれるも、声は発されない。僕は今ジャッジされているのだろう。視線が左下、左上、左下、と動き、口を開けて五秒以上経過して、ようやく金髪青年は言った。
「いやあ……ちょっと……その、捜し物をしてて」
 なぜかバツが悪そうな金髪青年に言う。
「良かったらお手伝いします」
 またしてもたっぷりと間をとってから、金髪青年は宙空に両人差しで長方形を描きながら言った。
「……これくらいの、茶色の箱があるはずなんッスけどね」
 僕は頷き、探索を開始した。背中に視線を感じつつ。
 箱はなかなか見つからなかった。金髪青年もくまなく探している。そうすると、公園内にはないのではないかと思い、周囲の雑木林に足を向けた。靴を箒がわりに、枯れ葉を左右に掃いて歩く。十歩も行かないうちに、こつん、とスニーカーのつま先になにかが当たった。拾い上げる。
「あっ、これ──?」
 金髪青年が飛んでくる。
「それッス!」
 箱についた土を手で払い、金髪青年に手渡す。
 受け取った金髪青年は後ろを向き、体を向け直すと人懐っこい、泣きそうな顔で僕に頭を下げた。
「ほんと、助かったッス」
 中身も無事だったようだ。
「いやいや、良かったです。じゃあ僕は──」
「あ、待ってくださいッス! お兄さん、名前は?」
 公園の出入り口に向かおうとする僕を、金髪青年は慌てて引き止める。
「……浦井です。浦島太郎の『浦』に井戸の『井』で、浦井」
 金髪青年が白い八重歯を見せる。
「自分は亀田ッス。学生さんスか?」
「卒業したところなんですけど、ふらふらしてて──。だから時間はあるんで、少しでも人の役に立ちたいなって」
 亀田さんはなぜか嬉しそうな顔になって言う。
「そうだったんスね。じゃあ今晩とか空いてるッスか?」
「それは、まあ」
「じゃあぜひ恩返しさせてくださいッス」
 亀田さんが上着の内ポケットから名刺を一枚出す。同じく内ポケットから出したボールペンで名刺の裏に文字や図を書く。
「夜九時に裏に書いてある店で、上海蟹チャーハンを頼んでくださいッス」
「上海蟹チャーハン?」
「念のために書いとくッスね」
 再度ボールペンを走らせる。そして亀田さんは名刺を僕に渡す。
「迷ったら電話くださいッス。じゃあ九時に」
 そう言って、茶色の箱を上着のボケットにねじ込むと、走り去って行った。

 
「オ兄サン、ヒトリ? 空イテル席、座ッテ」
 黄ばんだガラスの引き戸を開けると、声が飛んできた。声の主は小柄なアジア系のおばさん。適当な席に着くと、水が運ばれてきた。朱色のテーブルには分厚い透明のビニールが、テーブルクロス代わりに敷かれている。
「注文ハ?」
「あの、上海蟹チャーハン……」
「ハイネ」
 他に店員はいない。店内は正方形で、十数人で満席になる広さ。客は僕の他に三組いるが、みんな日本人ではなさそうに見える。亀田さんの姿はなかった。
 ここに亀田さんも来るのだろうか。それとも上海蟹チャーハンが絶品で、その飲食代を払ってくれているのだろうか。
 待つ間、席に置かれたメニューを開く。厚いビニールでラッピングされており、ページをめくるたびに「めり」と音がする。料理のラインナップは一般的だった。が、何度見直しても、上海蟹チャーハンはなかった。
「ハイ」
 六角形の器にドーム型に盛られたチャーハンが来た。蟹身らしき赤い彩りが食欲をそそる。一口食べる。絶品というほどではないにせよ、味が濃くてなんともおいしい。十中八九、上海蟹ではなくカニカマだけれど。
 三口も食べないうちに、おばさんが戻ってきて言った。
「オ兄サン、トイレ行キタイデショ」
「え?」
「今イッパイダカラ、アソコ右行ッテ黄色ノ扉ネ」
 指差す方向に目を遣る。なんのことかわからない。トイレの場所なんて聞いていない。フリーズする僕を急かすようにおばさんは言う。
「ホラ、黄色ノ扉ヨ」
 状況がつかめないまま、反論も質問も許さない雰囲気のおばさんに従い席を立つ。言われたとおりに通路を右に曲がる。客が入る場所じゃないだろうと思った矢先、扉はあった。ノブをひねり、押す。
「おっ、浦井さん、待ってたッス」
 亀田さんがいた。二坪ほどしかない正方形の小部屋の真ん中で、パイプ椅子に座り漫画雑誌を読んでいた。
「ここって……?」
 亀田さんは立ち上がり漫画雑誌を床に捨てる。そして入り口正面の壁を押す──と、壁がゆっくり奥へと開いた。階段?
「地下?」
 亀田さんが手招きする。携帯電話のライトで足元を照らしてくれる。
「ささ、竜宮城へご案内ッス」
 亀田さんは後ろ手に隠し扉を閉め、僕らは階段を下りていく。


 地下へと続く階段は、大人がすれ違うのに気を遣うほど狭い。手摺りはなく、壁は打ちっぱなしのコンクリート。
「どうでした、上の飯は?」
 前を歩く亀田さんが言った。
「ふつうに美味かったです」
 僕は正直に答えた。
「ふつうに美味いッスよね。絶対あれ、上海蟹じゃないッスけど」
 ふははっ、と亀田さんが笑い、立ち止まる。
 扉。
 亀田さんがライトを足元から扉の横に移す。テンキーに似た機械が設置されている。かたかたと押すと、がちゃ、と解錠される音がした。扉が開かれる──。


 ストロボの光。
 と、爆音。
「ここで受付済ませてくださいッス! すぐ戻るんで!」
 亀田さんが声を張り上げて言う。大声を出さなければ至近距離でも聞こえない。扉の中はクラブハウスになっていた。奥にDJの姿もある。真っ暗の室内が、レーザーによってピンクやパープル、ブルーにちかちかと照らされる。ステージを囲むようにローテーブルとソファーのセットが十数。大勢いるが、一人として視認できない。
「荷物はすべて預からせていただきます」
 露出度の高いドレスを着た、モデルのような女性が近づいてきて、耳元で言う。左の目尻にホクロがあり、人生で出会った誰よりも綺麗だと思った。僕は素直にポケットから携帯電話を出す。
「電源をお切り願います。こちらのマスキングテープにお名前を書いて、裏面に貼ってください」
 言われたとおりにする。
「両腕を上げていただけますか」
 大きな虫眼鏡のような器具で前身を撫でるようにチェックされる。
「浦井さん、ボスを紹介するッス!」
 戻ってきた亀田さんが、白い八重歯を見せながら叫ぶ。入り口でどれほど大声を出しても、スピーカーが放つ音にかき消され、僕らに注目する人間は誰もいなかった。
 亀田さんについていく。
 すれ違いざま、受付の女性が、息がかかるほど耳に唇を近づけて囁いた。
「竜宮城へようこそ」
 その声だけで、僕はもう駄目になりそうだった。


 DJブース裏の扉を亀田さんは開けた。二重扉で、二メートルほどの通路の先にまた扉があった。亀田さんがノックをすると、おう、と低い声で返事がある。扉を開ける。
 室内は応接室のようだった。ローテーブルを挟み、革張りのソファーがある。上座には男性が一人、隣には娘ほど年齢差がありそうな女性がいる。背後には、部下らしき男性が二人立っていた。下座のソファーに案内される。
「どうも、浦井さん。鮫島です。亀田から話は聞いてます。世話になったみたいで」
 鮫島と名乗った男性が、頷くように頭を垂れた。
「いえ、そんな」
「今日はちょっとしたパーティーなんで、楽しんでってください。財布はいりません。酒も飯も好きなだけ。足りないものあったら用意しますんで言ってください。おい──」
 鮫島さんが言うと同時に、背後にいた男性が部屋から出ていく。すぐに男性は戻ってきた。後ろにはぞろぞろと、太ももや胸の谷間が覗く、きわどいドレスを着た女性が数名ついて入り、ソファーの横に整列する。
「浦井さん、好みのタイプいますか」
 鮫島さんが言う。
「その──」
 どういう視線を投げていいのかわからないまま、順に見ていく。最後尾に、さっきの受付の女性がいた。左目尻のホクロを見つめてしまう。
「姫川、浦井さんのお相手してやれ」
「はい。よろこんで」
 姫川さんと呼ばれたホクロの女性が一歩踏み出すと、残りの女性たちはぞろぞろと退室していった。姫川さんは隣に来ると僕の腕をとった。僕らも部屋から出て行く。
 

「なに飲まれますか?」
 ホールの一角のソファーに腰を下ろすと、姫川さんは息が感じられるほど唇を僕の耳に寄せて言った。そうしなければ会話できないほどの爆音が室内を占拠している。
「姫川さんの、飲みたいもので──」
 僕もまた、姫川さんの耳に口を近づけて言う。
 姫川さんは微笑んで、席を立つ。チューリップ型のグラスと、白い花の描かれたシャンパンをボトルごと持ってきた。
「いただきましょう?」
 二つのグラスに金色の泡が注がれる。
「乾杯」
「か、乾杯」
 グラスと顔を近づけて、僕らは言った。


「学生さんですか?」
「いえ、去年卒業しました」
 姫川さんとの会話は、当たり障りのないものだった。ただ、シャンパンを一本空にする頃には、アルコールがもたらす天国のような浮遊感もあり、互いの顔はさらに近づいていた。鼻先が触れ合うこともある。ソファーの上の僕の手には、姫川さんの手が重なっている。ステージでは終始、ほとんど下着姿の女性たちが躰をくねらせ妖艶に舞っていた。
「大学はどちらに?」
「一応、国公立で」
「頭がいいんですね。学部は、何を?」
「マーケティング、です。でもそんな、大したことなくて」
「まあすごい。お父さまは?」
「商社勤めです。海外に駐在していて、ずいぶん会ってませんけど」
「立派なお家ですね──」
 二本目のボトルが空きそうになったとき、黒服の男性が近づいてきて、姫川さんになにか伝える。姫川さんは僕に微笑すると、席を立った。
 五分ほど経って、姫川さんは戻り言った。
「鮫島がお話ししたいと」
 なにかやらかしてしまっただろうか──途端に酔いが醒める。姫川さんの深くV字に開いた背中を追って二重扉を抜ける。事務所内の様子に変わりはない。ローテーブルにブランデーとロックグラスが置いてあること以外。
「浦井さん、お楽しみいただけてますか」
 鮫島さんは手で僕に席をすすめる。向かいのソファーに座る。隣に姫川さんも腰を下ろした。太もも同士が触れるほど近く。
「はい、あの、とても」
「そいつは良かった。ところで浦井さん、私らと一緒に仕事する気は、ありませんか?」
「え?」
 からん、とグラスの氷が音を立てた。
「私らが何者なのかってのは、まあお察しでしょう。といっても、もうドンパチやる時代じゃありませんでね。それなりに事業やって、しのがんといかんのですよ。なのに根性ばっかりで、うちにはインテリが少ないですから。知恵貸してもらえたら助かるんです」
「はあ」
「気持ちがあるようでしたら、こちらも相応のポストを用意します……といっても、まだお会いしたばかりですからね。まあ一度、考えてみてください。おい──」
 鮫島さんの背後に直立する部下が、すぐさまB5ノートほどの桐箱をテーブルに置く。
「手土産です。持ってってください」
 固辞することも難しそうなので、礼を言って受け取った。
「また次回、話しましょう」
 姫川さんに促されるように僕は席を立ち、部屋を後にした。
 受付で預けた携帯電話を受け取る。姫川さんが別れ際「またお会いしましょうね」と耳元で囁いた。
「浦井さん、」
 ドアの前で亀田さんが待っていた。亀田さんに連れられて竜宮城を後にする。
 黄色の扉の前で、亀田さんが心配そうに言った。
「あの──玉手箱ッスけど、あてがなかったら遠慮なく連絡くださいッス。自分、代わりにさばいてくるんで。結構なお小遣いになるッスよ。だからその……魔が差す前に、連絡待ってるッス!」
 僕は頷き、亀田さんと別れた。


 外界は朝になっていた。
 タクシーを捕まえて帰宅する。
 家に着くと、一杯の水を飲み、ベッドに座った。鮫島さんから土産に貰った桐箱に目を遣る。開ける。
 中にはビニールに入った白い粉と、注射器があった。
「これって──」
 僕は震えた手を電話に伸ばす。かける。
「あの、もしもし。浦井です──はい」
 そして僕は言った。
「潜入捜査、完了しました」

(了)

イデトモタカ