サヨナラと、エッセイだけが、人生だ。

  1. おやゆび便り

軟禁自由時間

(必修の)授業中のような軟禁状態が
ぼくはそういえば嫌いではなかった。
高校の授業だったり、大学の講義だったり、
大人になってからは講演や講座や、
場合によっては音楽会などもそうだけれど、
そういった「その場にいなければいけない」
けれども「騒がなければなにをしても自由」
という時間は人生でけっこう体験する。

「なにをしても自由」といいながら、
本来は授業を聴いたり、ノートをとったり、
こころの姿勢として積極的に
参加すべきものではあるのだけれど、
そのときその瞬間のじぶんの興味やテーマと
必ずしも一致しているわけでもないので、
どうしても頭のなかに引きこもってしまう。
しかもそういう時間はたいてい、
1時間だとか2時間だとか、
多ければもっとたくさんあるものだから、
割と貴重な「まとまった時間」になる。

そうそうぼくは今年のはじめに
タイに行ったのだけれど、
一番良かったのは飛行機のなかだった。
5時間だとか6時間だとかの、
それこそ「その場にいなければいけない」
けれども「騒がなければなにをしても自由」
な時間をたっぷりと味わって、
ずいぶんいろいろな後回しになっていた
考えたいことを考えることができた。
飛行機に乗るためにどこかへ行ってもいい、
とけっこう本気で思っている。

ただし紙とペンは必要だ。
贅沢をいえばモレスキンのノートと
モンブランのローラーボールがあれば
文句なしで十時間は平気だ。
そういった軟禁自由時間の遣いみちとして
おすすめなのは「未来をつくること」
ではないかと思う。

未来の計画を立てたり予定を立てたり、
考えたりすることは日常が忙しいと
なかなか優先してやろうとはならない。
年末年始くらいかもしれない。
ずいぶん先のことから、
来月、来週のことくらいまででも、
とにかく「未来をつくる」ということを
テーマに時間をつかってみると、
とたんにいい時間だと満足できるものだ。

もし軟禁されなくてもそうやって
じぶんでじぶんの未来をつくれたなら、
その人はずいぶんとレベルが高く、
いろんなことを叶えるんだろうと思う。
もちろん決めたことを実行してはじめて
ものごとは進むわけだけれど、
実行しようにも決めてないことにはだから。

タイプがあるのだろうとは思うけど、
ぼくはひとりで軟禁自由時間を過ごすとき、
人生の物語が紡がれていく実感がある。

では、また書きます。

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