サヨナラと、エッセイだけが、人生だ。

  1. おやゆび便り
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好きな答えを選ぶ

事実に対して謙虚である。
という姿勢は言うまでもなく大切ですが、
その基本をおさえた上での話であるなら、
それぞれじぶんの好きな「答え」を
選んで信じればいいと思っています。

一昨年の年末に人生で3度めになる
魔女の一撃(ぎっくり腰)を味わってから、
体にちらほらと不調がありました。
そのためにいろいろな方法で
改善のためのアプローチをしてきました。

骨の歪みを問題の中心にしてみたり、
あるいはカイロプラティックの理論から
解決をはかろうとしたり、
シンプルにストレッチで柔軟性を高めたり。

例えば腰が痛いというときにも、
さまざまな方法が巷にはびこっています。
でも現実には人それぞれ共通点はあれど
症状や原因には差があります。

ほんとうに腰に原因がある場合もあれば、
それがお尻からきているものだったり、
もう少し下の膝裏からきていたり、
あるいは肩甲骨や背中に問題があったり、
はたまた怒りなどの感情が原因だったり。

それらはどれが正解でどれが間違えている、
というものではありません。
どれもが誰かにとって正解であり、
真実であり、場合によっては間違いです。

真実はいつも一つ、ということばは
聞こえはかっこいいですが、
ぼくはまるで逆だと感じています。
真実はいくつもあります。
そういう矛盾が世の中の常なのです。

どんな分野でも、どんな方法でも、
じぶんが好きな「正解」を選んで、
そこから学んだり気づいたり、
実践することで恩恵を受けられたなら、
ほんとうは真実なんて
どうだっていいのかもしれません。

ただし、前提には冒頭でお伝えした
「事実に対して謙虚であるべき」
という心構えは必要です。
頑なに「これが真実だ」と固執したり
盲信(妄信)することは正しくありません。

ぼくの話ですが、今回の体の不調については
ストレッチが一番信じられました。
だからそれが「答え」でいいぞ
と思っています。
そう思うことばぼくの人生にとっては
「役に立つこと」のようなので。

なにも信じないということもまた
自由ではありますが、
それでなにを得られるのかはわかりません。
Aを信じるにせよBを信じるにせよ、
信じる人はなにかを得られるものです。
それが失うものより大きいと感じられるなら
それでいいじゃないないかしらんと。

では、また書きます。

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