サヨナラと、エッセイだけが、人生だ。

  1. おやゆび便り

言った手前

教えると、教える側が育つ。
なんてことはよく言われているし、
ほんとうにそのとおりなのだけれど、
もう一つ教えると「いいこと」があって、
それは教えた側が「言った手前やる」
ということだったりする。

ふんふんと聞く耳を持った相手を前に
教えるのは気もちがいいものだから、
ついつい偉そうなことを、
わかったようなことを口にしてしまう。
ぼくも気をつけてはいるつもりだけど、
それでもちょっと気取ったことを、
本来のじぶん以上のことをつい
言ってしまったりする。

そうすると、言ってしまった手前、
やらないわけにはいかなくなる。
矛盾した行動をとると信用とか信頼とか、
じぶんの評価を下げてしまいかねないので、
ああ、言ってしまったものなあと、
嫌々だろうが苦々だろうが、
教えた場面が頭をよぎって「やる」。
それがいい。

教えることで「いい人」になるかは
人それぞれではあるけれど、
教えることで「やる人」になる可能性は
とても高い。
もし注意することがあるとするなら、
あまり道徳的にならないことだ。

教えることには魔力がある。
囚人と看守ではないけれど、
教える側は危うく勘違いしそうになる。
人間が優れているわけではないのに、
なんだかそんな錯覚さえも憶えてくる。
だからちょっと危なっかしい。

それでも、教えることで教える側が
やったほうがいいことをきちんと
やるようになるとするなら、
それはとてもありがたい「おまけ」だ。
ぼくも今日、ちょっとしたことを
教える側になったことで、
いろいろと思い出すこともあって、
できていないのに教えている
気持ち悪さもあって、
教える前よりもテキパキいろいろやった。

じぶんのためにそういう機会が
少しくらいあってもいいなあと
あらためて思った。
あなたは教える機会があるだろうか。
あり過ぎるのも困りものだけれど、
まったくないのもつまらないやね。

では、また書きます。

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