サヨナラと、エッセイだけが、人生だ。

  1. おやゆび便り
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そういう生きもの

ぼくはあたまのできがあまりよくないので、
いろいろと条件を必要とします。
あるいは苦手やできないがうんとあります。

たとえばだれか他の人が話していたり
声が聞こえるとあたまを使うことが
まるでできなくなってしまいます。
そういう状況では文章は書けないし、
なにかを考えることもできません。

きっとあたまのできがいい人は、
だれかがそばで話をしていようが、
スピーカーからラジオが聞こえてようが、
日本語の歌詞の曲が流れてようが、
気にせず気にならずじぶんのことを、
書くことや考えることをできるのでしょう。

ぼくにはそれができません。
ものを書くときや考えるときには、
静かな場所かイヤホンをして歌のない、
ジャズなんかをあたまのなかいっぱいに
流していないと使いものにならないのです。

だから常に人(だれか)がいる状況が
すごく苦手で、嫌になってしまいます。
なぜなら、ぼくは書くことや
考えることが好きだからです。
それができなくなるからです。

場合によっては、だれかといることで
考えることがはかどることもあります。
いい質問をしてくれたり、
視点を変えてくれたりすると、
ひとりでうんうん考えていたときよりも
ずっといい答えに行き着いたりします。
それは素晴らしいことです。
だからひとりが絶対だとは思っていません。
(でも耳を塞がないと書けはしないけど。)

だけれどぼくは多くの時間、
できるだけ多くの時間を、
ひとりで過ごそう、過ごしたいと思います。
それがこの世界にとっていいことであると
信じている部分があるのです。

だれかといるのはたのしいです。
けれどたのしいだけがぼくの好きなことでは
ないのだから不思議なものです。
ひとりが向いている生きもの。
つまりはそういうことなのでしょう。
海が向いているとか、川が向いているとか、
そういう違いがあるように。

では、また書きます。

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