サヨナラと、エッセイだけが、人生だ。

  1. おやゆび便り

薄まらない読書

本ばかり読んでいる時期があって、
それから少し読まない時期があって、
また読み始めて、ということを
なんどもなんども繰り返しながら、
少し前からまた、あまり読んでなかったのを
これじゃいかんと読み始めました。

何人かから同時におすすめされたので、
いまは『FACTFULNESS』という話題本を
一所懸命に読み進めております。
久しぶりにアカデミックな本を読んで
とても強く思ったことがあります。
それは、ぼくのことばは本を読んでいない間
更新されていなかったのではないか、
という疑問です。

実際には、読んでいないといっても、
もともと本の虫ですから、
なにもまったく読まないことはありません。
待ち合わせには本を持っていくし、
でかけるときにもトイレにも
基本的には本を持っていきます。
考えることもうんとしますから、
そうかこういうことか、
という発見も日々あったりします。

それでも、ぼくのことばは本の少ない時期に
あまりふえていなかったように感じました。
そもそも、ぼくらが語ることばの大半は
(あるいはほぼすべては)誰かのものです。
誰か他の人から聞いたこと、読んだこと、
教えてもらったこと、影響を受けたことが、
抽斗に入っていて、それを出すだけ。

それで十二分に生きられますし、
そうやって死ねます。
むしろ、ほとんどの場合はそうなのです。
じぶんのことばを持っている人のほうが、
うんとずっと少数派であります。
ぼくにしてもほとんどそうです。
本に書いてあったこと、学んだことが、
ことばのベースに常に流れています。
それでも、少しは考えて話してもいます。

本を読むと、じぶんのことばが増えるのは
単純に本でことばを知るからです。
そういう意味では、本を読んだほうが
じぶんが「薄まる」のではないか
という気もするのですが、
むずかしいことに、読んでいないほうが、
さらにじぶんが「薄まる」ようです。

こればかりはまだ実感で、
具体的にどうといえるわけではありません。
もし語れることがあるとするなら、
「知る」ことで世界を表面的に
とらえなくなるからかもしれません。
批判するために、否定するために、読む。
そういう機能は読書にはあるはずです。

読むほどに、人のことばが得るほどに、
じぶんのことばが増えていく。
単純にそうであれば苦労はないですが、
実際にはもう少し「なにか」が
間にはあるはずですけれど、
それを伝えるにはぼくはまだ未熟です。
それにしても、読書はいいね。
おすすめします。

では、また書きます。

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