サヨナラと、エッセイだけが、人生だ。

  1. おやゆび便り

ふるいに

元の鞘ではないけれど、
「カシミア」をまた昔のように、
最初期のようなデザインに
変更したい(戻したい)欲がでてきた。
一番の理由は書いたものすべてが
残るということだ。
それがどうも「ぼくらしく」ない。
あるいは「カシミアらしく」ない。
そう感じてしまうのだ。

書いていることに責任を持っていない
というわけではないのだけれど、
残らないということに、
どうやらぼくは美学を感じていたようだ。
ただ消費されていくことに、
あるいは満足していたのかもしれない。

読み逃したなら、それはもう、
読むことができない。
見ることができない。
そういう一時的な「出会い」としての
文章をぼくは愛していたようなのだ。
人生は出会いだ。
それはことばにしても同様なのだ。
だからいつまでも残るということが、
それこそがインターネットの
素晴らしい点ではありながらも、
ぼく向きではないように感じてしまう。

ぼくの親友は死んだら忘れられたいという。
静かにだれからも忘れられて、
自然に消えていきたいのだという。
ぼくはあまりそうは思わない。
できればなにかを遺したい。
それでもどこか、そういった
刹那的な思想に傾くこころもわかる。
そんなたいそうなものではないけれど、
ぼくの書く文章も毎日生まれ、
そして読まれなくなったときに死ぬ。

それが一日だっていい。
たまに残るものがあってもいい。
ただ、すべてが残るというのは、
どうにも満足しがたい部分がある。
ふるいにかけられていないものを、
ぼくはあまり信用できない。

なにか他にいい方法があるかもしれないし、
都合として少し先にはなるだろうけれど、
また昔のような、ブログではなく、
ただのテキストサイトのような
平凡な場所に戻したいと思う。
ぼくにこんなスタイリッシュな場所は
似合わないじゃないの。

なにかと迷いの生じる時期かもしれない。
それもいいじゃないかと思う。
そうやってふるいにかけられて、
宝物が残っていくのだ。

では、また書きます。

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